torii sakiko



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ああ、もう、農業辞めたいな〜という出来事が続いている夫への声の掛け方が、連続過ぎてもはやわからなくなっているわたし。雇われている訳ではないから、辞めてもお客様以外誰の迷惑にもならないのだけれど、自分が辛くなる。自営業の厳しさをひしひしと感じる。まあ、そんなことを口走っても辞めるつもりはないし、辛さなど気の持ちようだと知っていて、秋の収穫が済むまで耐えられたら保育園に入園前の息子と首の座った娘との一度しかない楽しい冬がやって来るのが見えている。しかしあと三年は、わたしを一人分の労働力と捉えず、夫は一人で何ヘクタールも管理しなければならず言葉だけを掛け続けることになる。これはお互いとてもモヤモヤする。作業していないわたしが苦労して動いている夫に偉そうにしなければいけない場面もある。
そんなことを考えながら娘を寝かしつけ、息子も寝かしつけ、食事の作り置きに精を出す。茄子、万願寺とうがらし、ズッキーニ、きゅうり、トマト、ジャガイモ、玉ねぎ。夏だ。
「音楽なんて辞めてやる!」と当時付き合っていた彼に言った自分を思い出して馬鹿馬鹿しい。音楽は辞める辞めないではないし、音楽を辞める宣言ほど人に迷惑をかけない事象はない。大きな経験をくれる子らと、毎年学びのある田畑と、同じ方向を見られる夫が居て、大変だけれど幸せだな。ほら気の持ちようだ、と思った。
7/3に娘が産まれました。助産師さんや父やその家族に手伝ってもらい、もちろんほとんどは夫に頼りながら一週間が過ぎたところです。娘は新生児、私は産褥期、二歳の息子は娘に嫉妬の連続、夫も農作業が忙しい時期で家の中は滅茶苦茶、ゆっくり休む間も無い中、更に今日からは誰の手も借りず家族四人でやっていかなくてはなりません。私にとっては娘が産まれてきてくれたこと以外は、大袈裟に言えば絶望のような、どうしようもない期間に入ったのですが憂いても仕方ない、私の身体が回復すれば我が家は安心して暮らしていけるはずで、時折横になりながら頑張ってみています。母や義母に頼れば良かったかと思う瞬間はあるけれど実際のところそうもいかなかったし、我が家の成長の為の良い期間と思い明るい顔して乗り切ってしまう気でいます。
(このように過ごせるのは全てほくと助産院と佐久医療センターの協力の賜物です。特に助産師の長さんには感謝してもしきれません。ダメージの少ない良いお産でした。安産を祈願していただいた皆様も、本当にありがとうございました。)
18日から好転反応と思われる症状で見ている夫まで辛くしてしまっています。痒みで眠れないのと、末端(スネ、足首)に残りの毒が集中して噴き出して来ていて、顔は赤ちゃんのようなきめ細やかな肌になってきているのにストレスは溜まる一方です。私のせいで夫も息子も、きっとお腹の中の赤ちゃんも辛い思いをしていて病院で症状を抑えてしまおうか悩みに悩みましたが、アトピー性皮膚炎を治した方々の好転反応のエピソードを読み今耐えることが出来れば今後良くなるばかりとわかり、信じ頑張ることにしました。
私の妊娠性痒疹は、はっきり言ってしまえば成長期に溜め込んだ添加物と食事に対する知識の無さ、いじめを恐れて小さく見せる為猫背だったことからくる血流の悪さ、減塩思考の食事の賜物である冷え性が原因です。それで体調不良や生理不順が続いたのをきっかけに4年前から少しずつ玄米菜食とミネラル塩を摂る生活に変えたことで、妊娠をきっかけに悪いものを排出しているのだと思います。実際アトピー性皮膚炎の方が厳密な玄米菜食(中庸を心掛け、放射能汚染を防ぎ、適度な運動とストレスを溜めない生活)を始めると数ヶ月で好転反応が起こり、それまでに見たことのないくらい酷い状態になるそうです。コップ一杯に溜め込んだ添加物などが玄米菜食を始めることで失われコップに何もなくなった状態が好転反応、何もない状態では良いものもなく辛いがそこでめげずに薬を使わない生活を続ければコップに良いものが溜まり、二度とステロイドなどのお世話にならないで済むそうです。
バブルや90年代で幼少期から添加物が溢れ、少し体調が悪くなれば病院へ行き対処療法できてしまった私には病気の根本が何であるかを考えることなどこれっぽっちも出来ませんでした。とても辛い状態になって、幸い妊娠できているお陰で薬について良く考え、無知は罪だと大いに反省出来ています。
これからどんどん良くなって、きっと無事に出産できると思います。それまでみなさん御機嫌よう、次は良い報告をいたします。