torii sakiko



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子どもを連れて散歩へ行くと、同じようにおんぶしたり追いかけたりする近所の奥様方に会い、「またね」と言ったらもう忘れるような内容の会話をしてから家に帰ります。今、わたしの社会との関わりはその程度で情けなくもなるのですが、今はこれで上等のような気もしています。
一年と少し前、新宿の南口で燃えながら落っこちて話題になったおじさんのことを、新幹線内で燃えたおじいさんのニュースで思い出したのですが、良い気分にはなりませんでした。東京に住んでいた頃は自分の生活と政治が密接に関係しているような気になって怒ったり泣いたりできたのですが、地方のド田舎で、寝返りでぐるぐる移動する子どもを追いかけるだけの主婦には遥かに遠い事柄のように感じられ、なかなか興味が持てません。家賃は安いし、児童手当は貰えているし、食べ物は売るほど作っているから肉以外ならお金を払わず食べられています。困っていることは山ほどあるけれど、それを解決するのに殺人やら戦争の情報は必要でなく、奥様方の話題にもあがりません。産休が明ける日が近づき、これからの社会との関わり方を考えなければならないな、と思っているところです。
願掛けで喪服を用意しない選択もあったのだけれどそうもいかないと判断した大事があり、しばらく妹のところへ行っていました。まだまだ命と云う言葉が飛び交うほどの状況だけれど幼い息子のことも考えて小淵沢へ戻り一夜明け、今になってどうしてか涙をこらえています。一報が入ってから悲しい気持ちがなく「冷酷だな」と自分を責めるほどだったのは、救いたい気持ちが強く、必死に頭を動かしていたからかもしれません。義弟もわたしと同じ様子で、彼がほっとして涙を流す時間はこの先しばらくないので心配はありますが、心強く感じています。
独身であったら既に家を引き払って人生を捧げていたことでしょう、それにもかかわらず此処に戻って来なければならなかった運命には、運命と云う言葉自体好きではないけれど、従ってわたしのやるべきことに取り組もうと思います。