torii sakiko



Text Size : A A A

桜座の新年会に家族で呼んでいただいて、龍野さん(元ピットイン、桜座オーナー)が「高田渡の精神までくんで歌う女性はこの人しかいないよ」とありがたい紹介をしてくれ帰り際「歌っていけ」と言うのでご飯のお礼にトンネルの唄を(龍野さんの息子の充くんのフルアコを使い)演奏してきました。PAの山本さんはいつもいつでもそう言ってくれるのだけれど今回も「鳥井さんは歌わなきゃだめだよ〜リハビリできる場所作るから歌ってよ〜」と山梨を代表するPAさんとは思えない態度で応援してくれ、「じゃあ、、」と帰り道に夫が具体的なライブ日程を考えてくれていました。夫以外の親族は結婚し子を産んでから音楽の割合が少なくなって明らかに安心していると言うか、やっと変な事を辞めそうだなと言う雰囲気で、義母に至っては「私は音楽を仕事になんて子供には絶対させないわ!あなたは歌を作って歌う人だから自己主張が強くて注意しないといけないと皆が私に言ってくれたのよ!」と罵ってきた程で、音楽はこんなに悪いものなのかと頭が痛くなったこともありました。しかしこうして時々演奏すると、もう一度、月に一度くらいは演奏できる環境に身を置きたいと思ってしまいます。わたしが渡さんの精神をそこまでくんでいるかと言うと戦後を体感したわけでも学生運動を冷静に見ていたわけでもないので自信はないのですが、人間にとっての夢や幸せが何か渡さんの視点で年中ずっと考えていた何年間があるのでそこらの高田渡カバーとは違う歌い方ができているかもしれません。ラカーニャに入り浸り生きた高田渡の話を集め、蓮さんの母を前に幾度か演奏し、渡さんのお兄さんに「あなたの渡は合格」と言ってもらったのはわたしだけだと思っていますしね。
近頃息子が明らかにイヤイヤ期に突入して、夢も希望もあったもんじゃない、毎日夜泣きと寝起きから一日中のイヤイヤでこちらが泣きたいくらいなのですが、新年会の出来事を思い出して幸せとは何かまた考えなければいけないなと思う午前三時です。こんな時渡さんだったらどう考えただろう、どう歌っただろうと、自分のものさしではないところで自分の価値観を使って熟考し、新しい詞ができるのを待っています。